~~~村民の声・56~~~

みんな、みんな想いは一緒。
「みんなの気持ちは同じ」
不安な事は。

だから友達作って毎日を楽しむんだ。

俺らたちよりこれからがある若い人はもっと大変。

「これから」があるからね。

                           80代  女性

~~~村民の声・57~~~

開拓して自分達の手で山切り開いてやっと老後幸せに家族に面倒みて貰って穏やかな老後幸せに暮らすはずだったのに。
                     80代 女性

~~~村民の声・58~~~

やっぱり飯舘の家が良いんだよな~。

産まれたところより嫁いだところのほうが長くなったから。

飯舘がいいんだよ。

なんだがこんなことになってしまって・・・なぁ~~。

今は何にも感じてる余裕がないんだぁ~~。

生きる事に必死で。

 

                           90代 女性

 

~~~村民の声・59~~~

あの避難するかしないかの時期、牛とか生き物とかそういう問題もあったけど、そればかりが問題ではなかった。

安全だとか危険だとかそういう人たちが来て情報が錯綜して、

飯舘村だけが最後の避難になったんだよね~たぶん。

そして、計画避難って国から言われ、「なんで?安全って言ったんじゃないの?」と思いながら、でも、避難しなくちゃならないんだと思い、不動産屋さんに行ったら、「空いてる物件がありません」って何回言われたことか・・・。

借りるアパートはない。貸家もない。じゃーどこに避難すればいいのよ!って思いながら、あの時家族を被ばくさせちゃったし、自分もほとんど外にいて被ばくしたんだよね・・・・。

逃げようがなかったんだけどね。温泉が避難場所になったけど、家の事情で行けなかったし、せめて息子夫婦・孫は県外に避難させたけど、あたしは、仮設が出来るまで飯舘にいるほかなかったのよ・・・。

                       60代 女性

~~~村民の声・60~~~

避難はもう避難ではなくなってきてる。

避難の中で自分にとって

それは日常なんだよ。

自分の中で区切りつけて

飯舘村民であろうがなかろうが

日常は今いる所で営んでいるんだ。

帰る・帰らないの問題ではないんだ。

帰れないならここで日常を営み直す。

そこが大事だ。

そして、振り回されないように堂々と日常を築くことで家族の不安も受け止めて穏やかに暮らす。

それしかない。

俺の場合ね。

人それぞれの考え方があると思う。

でも、へこたれない強さは飯舘村の環境で培われたと思う。

 

30代 男性

~~~村民の声・61~~~

避難してから母の認知症がどんどん悪化していく

 

母の面倒見ながら、この仮設で暮らすのも大変。。

 

悩むよ。。

 

おれもおかしくなりそうだ。

 

          60代 男性

~~~村民の声・62~~~

私たち世代で元気のある人が飯舘村の土地を風景を守る。

だけども、若い人は帰ってこない。いや、帰ってきてはいけない。

安全だか危険だかこれから何があるか、この放射能は見えない・臭わない、感じない。だからこそ、若い人は帰ってきちゃダメだ。

外と中を繋げる機能や役割をそろそろ考えて行かなければならないんじゃないか。そこを目標に外で若い人が頑張っている。じゃー帰ってきた我々が中を良くしていこう。そして、いつの日か帰ってきたいと思う人が出てくれたらそこからがスタートなんじゃないか。それまで繋いでいくしかないと思うんだ。

 

                           60代 男性